Cコースは、定員に達しましたので募集を締め切りました。(11月1日 14:00)
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クレジットの引き落としなどの関係で空席がでることもあります。
受講ご希望の方は、11月7日以降にメールにてお問合せください。
ケアラーを社会で支えるために
Cコースは、定員に達しましたので募集を締め切りました。(11月1日 14:00)
クレジットの引き落としなどの関係で空席がでることもあります。
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定年後の特任教員として教壇に立ってから3年になりましたが、その殆どがコロナ禍での取り組みとなって戸惑うばかりの毎日を過ごしています。Zoom等を使ってのオンラインでの講義や会議がごく通常の様式としてあっという間に定着しました。ライブやオンデマンド、ハイブリッドでの授業等々情報機器の操作に四苦八苦する毎日となりました。丁度この時期を同じくして、介護の分野でもケアラー支援の条例化という自治体動向が大きく影響し、「ケアラー」という言葉が一気に世に広まっていきました。「ケアラー」が「介護者」にとって代わるものとして社会に溢れ出ていったように思います。高齢分野だけでなく、障害や難病、精神疾患、不登校・ひきこもりの人と家族等々実に多様な家族介護の実態の社会化に貢献しているように思います。本当に驚くばかりです。いち早く「ケアラー」を会の名称にして活動してきた当連盟ですが、ケアラー支援の法制化に向けてこれまで以上に尽力していこうと思います。
【プロフィール】
1951年生まれ。さいたま市在住。日本女子大学家政学部家政経済学科卒業。現在、日本女子大学名誉教授。地元で、「自分たちのまちは自分たちの手で」と、1980年代から「おおみや・市民の会」の活動に加わる。1997年に現在の「認定NPO法人さいたまNPOセンター」の設立に参加し、2017年より代表理事。2010年には日本ケアラー連盟の創設に関わり、以来、全国2万世帯のケアラー実態調査や自治体におけるヤングケアラー実態調査、政策提言、自治体職員や専門職、市民団体等へのケアラー・ヤングケアラー支援研修を担っている。著書(共編著・分担執筆)に『福祉環境と生活経営』『市民生活と自治体責任』『暮らしをつくりかえる生活経営力』『ふれあいの医療ガイド』『総合介護条例のつくり方』等多数。人間の基礎的ニーズを満たすには、異なる社会経済セクター(営利・非営利、貨幣的・非貨幣的)が重なって生活を支えることが必要であると考えている。
【メッセージ】
1991年2月、『ふれあいの医療ガイド』(根本悦子・堀越栄子編、学陽書房)を刊行し、病気や障がいがあっても、行政や医療・福祉にお任せするのではなく、「自分のこころとからだ、生活、人生の主人公は患者や障害者自身である」と活動している全国の取り組みの実態を世に問いました。それから20年たった頃、精神疾患の娘さんをケアする父親の話を聞き、家族でもあるけれどケアラーでもある人の存在に気づき、連盟設立に加わりました。全国調査からは、ストレスや過労、教育や就業の制限、孤立などのケアの影響が明らかになりました。すべての世代のケアラーが孤立せず、人生を諦めないですむためには、要介護者へのサービスの導入・拡充だけでは限界があり、ケアラー自身の抱える困難を理解し、ケアラー自身のウエルビーイングの向上が不可欠です。2020年3月に日本で初めてケアラー支援条例が埼玉県で制定され、それをきっかけに、ケアラー支援の施策が進んでいます。条例を制定する自治体も増えています。ケアラーを支援するには、社会的なケアラー支援体制が必要です。みなさまと一緒に法制化・条例化、政策提言に取り組みたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【プロフィール】
1954年東京生まれ。千葉大学教育学部卒業。教員生活を経て、移り住んだ兵庫県西宮市において、阪神淡路大震災に遭遇。その後、仮設住宅支援活動を立ち上げ取り組む中で、“介護者の地域での孤立”に着目し、1999年より「介護者の支援」活動に着手する。2001年東京に戻り「介護者サポートネットワークセンター・アラジン」を設立。電話相談や訪問相談、「介護者の会」「ケアラーズカフェ」など“介護者を地域で孤立させない”支援の しくみと地域の人材育成事業を構築してきた。2010年日本ケアラー連盟の創設にかかわって以来、調査研究事業や「ケアラー支援法」の実現に力を注いでいる。
【メッセージ】
被災地で始めた移動サービス活動などの現場で、母子依存関係のように介護者が要介護者とカプセル状態になり、社会と隔絶しながら心身を患っている姿に衝撃を受けたのが、この活動を始めるきっかけでした。あれから20年あまりが経ち、現在では、多世代かつ多様なケアラーが見受けられるようになりました。連盟発足と同時に生みだされた“ケアラー”という言葉が、日本にも少しずつ浸透してきているのを感じています。個人的には、特に30代~40代のヤングシニア世代が、ケアのために人生や仕事をあきらめることない地域社会づくりに注目しています。介護者支援の活動も拡がりつつありますが、抜本的な法制度や施策がないために、市民の支援活動も疲弊しがちです。この現状を打開すべく、取り組みを一歩ずつ前に進めていく所存です。
【プロフィール】
1956年広島県生まれ。京都大学卒業。米国カンザス大学にてマスター取得。フリーライター。重症心身障害のある30代の娘がある。著書に『私は私らしい障害児の親でいい』(ぶどう社)、『アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』(生活書院)、『海のいる風景―重症心身障害のある子どもの親であるということ』(生活書院)、『死の自己決定権のゆくえ―尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』(大月書店)。訳書多数。月間『介護保険情報』誌の連載「世界の介護と医療の情報を読む」(2006年7月~2015年5月)で海外のケアラー支援を紹介したことを機に、2011年より日本ケアラー連盟理事に。2015年7月からウェブ・マガジン「地域医療ジャーナル」に執筆中。現在のブログは『海やアシュリーのいる風景』。
【メッセージ】
重い障害のある子どもを持つ母親への社会のまなざしや、「よき療育機能・介護機能であり続けるための支援」のあり方にさまざまな疑問を抱えてきました。目からウロコが落ちたのは、英語圏のケアラー支援に出会った時です。本来の支援とは「ケアラーその人が自分の生活や人生を――継続性を失うことなく――生きられるための支援」なのだと初めて知りました。親による介護は子どもがいくつになっても当たり前とみなされがちですが、「障害児者の親(家族)」も「ケアラー」と捉えることによって、「支援を必要とする人」として見えてくるのではないでしょうか。日本でも「ケアラーその人を支える」というケアラー支援の考え方がもっと広がっていくことを願っています。